FEATURE 41 ZORNと西山徹のBack in the Day

新小岩で育ち、ステーキハウス『ビリー・ザ・キッド』を愛しながら、日本武道館、横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナとヒップホップの表舞台を駆け上がるZORN。10代でラッパーになってから今に至るまで、彼は変化とどう向き合ってきたのか。〈WTAPS®〉ディレクターの西山徹と語り合う、変わるもの、変わらないもの。

15歳でラッパーになった

西山(以下N)「さっきもちょっと話してたけど、ZORNくんがZeebraさんのラップを聴いてたのって、中学校のときなんでしょ?」
ZORN(以下Z)「そうです」
N「それって何年くらい?」
Z「2000年代に入ったくらいですね」
N「ちなみにその後、Zeebraさんとは話せたの?」
Z「はい。リミックスもやっていただきましたし、サプライズでライブに来てくれたことも」
N「いいね、ドリームズ・カム・トゥルー的で。そのあとラッパーになるんだっけ」
Z「そうです。中学を出て、15歳でラップを始めました」
N「リリックにも地名がたくさん出てくるけど、地元は新小岩だよね」
Z「そうです。ほんと下町って感じですね。徹さんの育ってきた都心の環境とは真逆だと思います」
N「僕は渋谷なんだけど、自分は街とか地域や地元に対して執着があるようで無くて。」
Z「でも、僕も街のことっていうよりは同世代の仲間とのことを歌ってる感じです。そこに背景として街を描いているというか。葛飾区がどんなところかなんて世代によって違うだろうし、僕は自分の周りのことしか歌えない。聞く人がイメージする下町像みたいなものは作ろうと思ってますけど」
N「うんうん。現実の環境だもんね。ラップはどのような流れで始めたの?」
Z「最初はバンドがやりたくて、中学を卒業したあと音楽の専門学校に入りました。あの頃ってキングキドラもそうですけど、ミクスチャーバンドがすごい流行ってて、日本語ラップもミクスチャーも両方人気だったんです。周りの仲間もそういう感じだったから、ラップをするバンドのボーカルになりたかったんですけど、専門で気の合う人が見つけられなくて。そのかわりラップしてる人たちがいたから、これでいいやと思ってラッパーになった感じです」
N「そうだったんだ。じゃあ始めた頃はトラックは? DJはいたの?」
Z「いなかったです。ビートはレコードのインストとか使ってましたね」
N「当時は何のインストが気に入ってたの?」
Z「Wu-Tang Clanとかです」
N「ファースト?」
Z「僕が始めた頃はサードを出した頃でした」
N「『The W』だ。そのあたりかあ。じゃあDMXとかDef Jam Recordingsが人気だった頃だね」
Z「そうですね。でも結局、学校も1年くらいで辞めちゃって。で、ぶらぶらしてました」
N「その頃の原体験が音楽になってるの?」
Z「なってますね。いわゆる非行みたいなことを、その10代の頃にやって。でも僕、二十歳になってから一度も警察に御用になったことないし、犯罪行為もしたことない。更生しました。更生しないとラップできないなと思ったのと、犯罪ってダサいんじゃないかって気づきがあって、地元でいちばん早くまともになったやつだと思います」
N「10代で覚悟を決めたんだね。ラップがしたいから」
Z「はい。少年院で19歳になったとき、ほんとに何してるんだろうって思ったんです。少年院出たらちゃんと働かなきゃなって。それで父親のところで働き始めました。コーキング(外壁など資材の間にできる隙間に詰め物して塞ぐこと)の現場仕事なんですけど、それがあってよかったなと思います」
N「わかるよ、コーキング。自分も内装やるのが好きだったから」
Z「徹さん、DIYとか詳しいし、なんでもできますよね」
N「好きなんだよね。10代とか20代前半に友達に色々教えてもらった。でもZORNくんみたいに仕事で、かつお父さんと働くとなると、また違う環境だもんね」
Z「そうですね。父親に対する見方も変わりました。仕事だけはちゃんとやってたから結婚もできたんだと思うし。真面目に働いて良かったです」

最初に買ったSKIVVIESのソックス

N「ZORNくんと最初に会ったのってどれくらい前だっけ。もう15~16年経ってるかな?」
Z「いや、全っ然そんなに経ってないです。7~8年くらいです」
N「えっほんと? すごい昔から知ってる感覚になってた」
Z「嬉しいです」
N「編集者の今野くんを通じて展示会に来てくれたのが最初だったと思うんだけど」
Z「そうです、そうです。僕、展示会って一度も行ったことがなくて、よく知らないし、『なんですかそれ?』って感じで。というか今も、〈WTAPS®〉と〈NEIGHBORHOOD〉しか行ったことがないんですけど。それで最初にシオリさんにお会いしたんですけど、めっちゃ優しくて。下町の人っぽくて、姉御肌で。今、僕が繋がってるファッション関係の人、みんなシオリさんが紹介してくれたんです。いちばん尊敬してます」
N「うちのプレスだね。すごいじゃない」
Z「なんでもないときからよくしてくれて、自分がステップアップしても変わらない。ありがたいなあって。そのあと『Ollie』で〈WTAPS®〉を着させてもらって、表紙になって。めっちゃ嬉しかったです」
N「ちゃんと話したのはAKLOくんとのツアーのときだよね。2018年かな。確か代官山で、ZORNくんが『今日も現場あがりなんです』って言ったのがリアルだったのを覚えてる。手土産で人形焼を持って来てくれたのも粋だなあと思ってね。そのときに人となりがわかった感じがあったんだよ」
Z「僕が最初に〈WTAPS®〉を見たのは『POPEYE』なんです。2013年か2014年頃の。このあいだ『POPEYE』のエッセイにも書いたんですけど」
N「何の特集だろう?」
Z「スタイリストの長谷川(昭雄)さんが撮った、モデルが靴下を履いてるカットです。その頃、『POPEYE』っていう存在も始めて知ったくらいなんですよ。いつも『チャンプロード』とか読んでたんで」
N「おお、なるほどね(笑)」
Z「新小岩にいる周りのやつらも『POPEYE』なんて読んでなかったんですけど、めっちゃおしゃれな雑誌だな、でもストリートの匂いがするなと思ったんです。下町にないストリートっていうか、都会的で。そのなかに出てた靴下がめちゃくちゃかっこいい。気になって調べたら、それが〈WTAPS®〉のSKIVVIESだったんです。でもどうやら簡単に買えない。欲しい服が買えないなんてことも初経験で、そういう感じなんだ、って。その靴下を求めて、全国の『HOODS』に電話して。確か20店舗くらい電話した気が……」
N「すごいね。こうなったら買ってやろうって」
Z「はい。でもなくて、仕方なくネットでちょっと高く買った靴下が最初の〈WTAPS®〉です」
N「そうだったんだ」
Z「なんかわかんないけど硬派な感じがしたんですよ。なのに品の良さも同居してて。ナチュラルなのにストリートだし、ストリートなのにナチュラルで、等身大なのに衣装としても成立する。不思議だなあって」
N「ステージでも着てくれてるもんね」
Z「もちろん。(マネージャーに)ちょっとさ、カバン開けてくれる? 本が入ってるから。これ、(と西山の著書『MY LIFE IS THIS LIFE』を取り出す)あとでサイン欲しいなと思って持ってきたんです」
N「わ、読み込んでくれてる」
Z「この頃からずっと追いかけてるんです」
N「嬉しいな。でも、そういういい出会いがあると、なるべく配慮するの。“囲わない”っていうと言葉が強いけど、僕だけの友達って感じにはしないようにしようって思う。派閥みたいなものができちゃうのが嫌だから、遠目から客観的に眺めるくらいの距離感がいいなと思って」
Z「すごくわかります」
N「さすがにZORNくんとは付き合いも長いから、もういろんな話をするようになってるけどね。AKLOくんとの『Have A Good Time feat. AKLO』でも、衣装をやらせてもらって面白かったよ」
Z「あのときは、(〈SOPH.〉の)清永さんが『ZORNくんは〈WTAPS®〉が好きでしょ?』って言い出したんですよ。僕はその頃、徹さんとはお会いしたことはあるけど、衣装を頼むなんて考えてもなかった頃で、『ご挨拶はしたことあります』とだけ返したんです。そしたら『僕は徹を知ってるから言ってあげようか』って言ってくれて、ああいう形で叶って」
N「ああ、だから似てるかもしれないね。ZORNくんのその、あんまり自分からは間合いを詰めない感じって、東京っぽいのかも」
Z「そうかもしれないですね」
N「あのビデオ、AKLOくんは〈SOPH.〉を着て、ZORNくんは〈WTAPS®〉を着て。夜のシーンとかカッコいいんだよね。特に土管がいい。」
Z「おもいっきり地元で撮りました」
N「ビデオでもライブでも、ZORNくんらしい角度で〈WTAPS®〉を着てくれるから、おかげさまでお客さんの幅も広がった気がする。いつもありがとうございます。感謝してます。遠目からだけど(笑)」
Z「こちらこそです。確かに僕のライブに来る人たちが着てる服って、〈WTAPS®〉率が高いんですよ。だから僕としてもなるべく品良く着たいんですけど、どこか下町臭がするのか、ヤンキーみたいなやつも着ちゃったりして」
N「あ、思い出した! 前に代官山のスタジオで遅くまで作業して、夜にコンビニに行ったのね。途中にバーがあるんだけど、外で飲んでる人がいると、前を通り過ぎるときにちょっと緊張が走るじゃない。その日も若い子が5人くらい飲んでたからそっと通ったら『あっ、西山さんですよね! ZORNのファンです!』って声をかけられたの(笑)」
Z「あ、なんか、申し訳ないです」
N「いやいや、すっごくいい人たちだったんだよ。ZORNくんのことたくさん話してくれて、〈WTAPS®〉のことも好きだって。礼儀正しくて、バイブスも良くて」
Z「じゃあ良かった。彼らはラッキーですね、徹さんに会えて」
N「いやいや俺がラッキーだったよ。パワーもらえたんだから。こういう話はどんどん言ったほうがいいね。いい話だもんね」
Z「そうですね。僕もその話を聞いてパワーもらいました」

変わるもの、変わらないもの

N「ZORNくんは芯が強い人だと思うけど、変えないようにしてることってあるの?」
Z「いい曲を作りたいっていう気持ち、そこをいちばん大事にしたいと思ってます。あと平穏に暮らしたい。だからスマホも持ってないんです」
N「じゃあどうやって連絡を取るの?」
Z「メールです。朝、事務所に出社するので」
N「へえ。いつからそのスタイルに?」
Z「ずっと喫茶店でやってたんですけど、去年の4月くらいから地元で事務所を借りたんです。朝、マネージャーもそこにやってきて。僕は1日中リリックを書いてます」
N「そうやって時間を作ってるんだね。反対に、変わっていきたいと思うことはある?」
Z「できれば変わらないまま、大きい仕事をやっていきたいと思ってます。下町のあんちゃん感を保ちつつ、地元とか家族がいる背景とか自分を構築しているものは変えずに、メジャーな仕事をしていきたい。このやり方がかっこいいって示すためにも、外に出ていかないといけないなと感じてます」
N「覚悟だね。リリックには、当然人生での気づきや思いが反映されてると思うけど、それは家族や友人、知人、そういう人たちの影響も大きいもの?」
Z「もちろんです。そういう影響を踏まえて自分の話に落としていくんですけど、なるべく普遍的になるよう言葉を選びます。そうじゃないと、10年、20年経ったときに残っていかない気がして。とにかくリリックは、ずっと残るもの、スタンダードなもの、シンプルなもの、という感じですね」
N「だからなのかな、すごくソリッドだよね」
Z「普遍的なだけだと、いわゆるポップスと変わらないと思うんです。それじゃつまらないし、ポップスに勝てない。やっぱりラップならではの武器は、自分の話ができること。実体験だからポップスを上回る瞬間がある。ラップの可能性を信じています」
N「みんな、ZORNくんのそういうところが響いているんだろうね」
Z「変わったことでいうと、考え方ですかね。今でこそ等身大でいることをスタイルだと思えるようになってきましたけど、最初は抵抗もあって。実生活を歌うって、10年前はあんまりないことだったので」
N「ああ、確かに、ラップを始めた頃の作風は違ったよね、題材が」
Z「そうなんです。もっとストリートとはこうだろうとか、犯罪みたいなこととか、ラッパー然としたアンダーグラウンドなものが好きでした。特に10年前の日本語ラップの世界は『家族や生活を歌うなんてナシでしょ』って雰囲気だったし、僕も認めてなかった。でもやっぱり、やっていくにつれて考え方が変わっていったんですよね」
N「徐々に今のスタイルになっていったんだ」
Z「はい。平凡な生活を送ることはラッパーにとってハンデだと思ってたけど、それが自分だし、悔しいけどこれしかないんだよなと。そう思って歌ったときに、初めて認めてもらえて、武器になったんです。それからは自分がかっこいいと思うスタイルで、自分のままでいられたら、それがいちばんいいんじゃないかなと思うようになりました」
N「弱さが強さになったんだ」
Z「まさに。もしかしたら、売れるってダサいことじゃないんじゃないか、とも思えてきて。売れるなら売れたほうがいいんじゃない? って」
N「自分の考えが変わるときって結構ポイントだよね。必要があって変わるわけだから。でも、ZORNくんみたいにソリッドでシンプルで、エッジがピーンと効いた信念を持っている人は、プレッシャーも相当なのかもね」
Z「押し潰されそうなときもあります。人に疲れちゃって、何もする気が起きない日もあったり」
N「重圧はあるよね。人一倍いろいろ考えてやってると思う。でもエンターテイメントの場で勝負しようという自負がZORNくんにはあるし、ヒップホップを伝えていく役割も自覚してる。それってすごく立派なことだと思うよ」
Z「僕は徹さんもすごく繊細な人だと思っていて、そこにもシンパシーを感じます」
N「うん。僕もZORNくんと同じで、強さの意味を取り違えてた頃がある。でも弱さを出せるようになって、人との距離が縮まった気がする。弱さを出すことって難しいけど、実は相手にとっても自分にとっても、距離を縮められる」
Z「そうなんですよね。とにかく、無理はせず、でもストイックにやろうと思います」
N「今年のスケジュールはどういう感じ? ライブとかツアーはやるの?」
Z「まだ何も決まってないです。まずはいい曲を作ろうって感じです」
ZORN 1989年生まれ、東京都葛飾区新小岩出身。ラッパー。
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